Y-3

Waxed Utility Flying Jumpsuit

機能美を追求した
宇宙服のような逸品

少し変わったアイテムを紹介しよう。
Y-3(ワイスリー)のWaxed Utility Flying Jumpsuit、いわゆる“つなぎ”である。

ファッションアイテムとしてジャンプスーツを知っている方は多いであろうが、持っている方は少ないだろう。
本商品は全体的にワイドなシルエットだが、素材は薄手で頑丈なコットンリップストップが採用され野暮ったさはない。
Y-3らしく各パーツやギミックも選ばれた素材を使用されており、作業着の印象というよりは機能美を追求した宇宙服の方がイメージに近いかもしれない。

ジャンプスーツと聞くと、少し手を出してみたいと思った時期もあるが、結局きっかけが無くチャレンジしたことが無い。
そんな方に是非最後まで見ていただきたい。

人類史と共に歩んで来た
ファッションの本質

元々パラシュート用のユニフォームとして開発されたから“ジャンプスーツ”と呼ぶことは有名だと思うが、日本では“つなぎ”という形で男性肉体労働者の衣服という印象が強い。
“ジャンプスーツ”の歴史を紐解くと、実に概念としての“ファッション”を体現していることに気づく。

ジャンプスーツの起源は1919年、Ernesto Thayaht(エルネスト・タヤット)というイタリアのフィレンツェ出身のデザイナーの作品が原型だと言われている。
後にインタビューでタヤットは語る。
「第一次世界大戦の終了後と1917年のロシア革命後、緊張が解け経済の復興に活気あふれるある日、オルサンミケーレ通りを過ぎると、ショーウインドーで低価格で鮮やかな色の綿生地を見付けました。私はいくつかのサンプルを取り、すぐに仕事に取り掛かりました。仕立ては経済的で、自宅で作れるように。私が夢見ていた新しいタイプの衣服は大衆の手の届くところにあると確信しました。」
出来上がったジャンプスーツの原型は、TuTaと名付けられ、手頃な価格で、生地を無駄なく使用し簡単に仕立てられるように設計されていた。
そのシンプルさと多様性は当時主流だったオートクチュールとは対照的で、フィレンツェの新聞LaNazioneでパターンを公開したこともあり爆発的に広まったと言われている。

そこから進化したジャンプスーツは、衣服の隙間にすすが入り込まない機能性から石炭を扱う男性に定着し、堅牢性のあるデニム生地を採用していたことから第二次世界大戦中の軍需工場の女性労働者も着るようになったことでさらに世界中に認知された。

時代は進み1980年代、戦時中のアメリカ合衆国でプロパガンダに使われたポスターが再発見され、当時のフェミニズムの象徴として瞬く間に広まった。
このポスターに書かれた、「We Can Do It!」の標語とともに力こぶが印象的な「ロージー・ザ・リベッター」という女性が着用していたのがジャンプスーツ。
その時期にジャンプスーツ=女性の衣服という認識が強く定着したと言われている。

いかがだっただろうか。
ジャンプスーツとは、単なる専門職の衣服をファッションに置き換えたものではなく、戦争やジェンダー問題など人類史上重要なシーンのアイコンとしての役割を担っていたのである。
人類史と共に歩む衣服。
これこそファッションの本質ではなかろうか。

美しいシルエットと
近未来的なボリューム感

改めて本商品を見てみると、王道のジャンプスーツとは異なり、Y-3なりのアレンジがされているため垢抜けている。
シルエットの管理が難しいジャンプスーツでも、腰に配置されたテンションコードでメリハリをつけることが可能だ。
襟には帽子が収納されており、近未来的なボリューム感が演出されている。
ポケットも各所に配置され、男性的ながらもやりすぎではない実にY-3らしい小粋なデザインだ。

もちろん本質的には、気楽に着ることができ動きやすいジャンプスーツである。
「ロージー・ザ・リベッターって知ってる?」などとうんちくを交えながら普段と違うファッションを身に纏うこともたまには悪くないだろう。

Y-3
Waxed Utility Flying Jumpsuit
素材:コットン100%