Play Comme des Garçons

long sleeve basic logo tee

世界で最も有名なアイコンのひとつ

日本発、カルト的人気を誇るモードブランド、"Comme des Garçons"。
1969年に川久保玲によって創設された伝説的ブランドの代名詞とも呼べるのが、サブブランドである〈PLAY Comme des Garçons〉の、このハートロゴである。
ファッションに興味があれば一度は目にしたことがあるだろう。
人によっては世界で最も有名なアイコンのひとつであるが故に、このハートを敬遠しているかもしれない。
またあるいは、単に可愛いだけでは無いこの眼に「ブッダ・アイ」のような不気味さを想起する人もいるだろう。
これは、ニューヨーク在住のグラフィックアーティストFilip Pagowski (フィリップ・パゴウスキー)によって生み出されたものである。
これだけ有名であるというのに、作者について語られることは多くない。

無から有を生み出す
グラフィックアーティスト

フィリップ・パゴウスキーはポーランド出身のアーティストである。
出生当時のポーランドは、社会状況が良いとは言えなかった。
終戦後に生まれた彼だが、ポーランドは第二次世界大戦中、国土のほぼ全域をソ連に占領され、首都ワルシャワは壊滅状態となった過去がある。
その後立て続けにドイツに占領され、厳しい弾圧と虐殺により数百万人の犠牲者が出た。
終戦を迎えてもなお経済は復興から程遠く、パゴウスキーはそんな混乱期の60年代70年代をアートを心に生き抜いたのである。
彼は、むしろその状況で育ったことをポジティヴなものとして捉えているように思われる。物や情報が極端に限られた時代を生きたことが〈無〉から〈有〉を生み出す創造性に繋がったと語っている。

レッドハートに託された
〈遊び〉のメッセージ

20世紀と21世紀の境目で、川久保玲は、何か一目でコムデギャルソンが伝わるマークを探していた。
〈PLAY Comme des Garçons〉を立ち上げるためである。

なぜ〈PLAY〉だったのか?
川久保は〈PLAY〉=〈遊び〉を求めていたのだろう。

オランダの歴史家のヨハン・ホイジンガは、人間の存在の本質を〈遊び〉すなわち〈PLAY〉と定義した。
あらゆる人間の文化は〈遊び〉が関わっていると説き、著書『ホモ・ルーデンス』では〈真面目〉であることはネガティヴであり、〈遊ぶ〉ことこそポジディヴであると説かれている。

川久保とパゴウスキーは、社会に抗わずに生きる、つまり〈真面目〉に生きることを選ばなかったデザイナー/アーティストである。
’70年代という、女性の社会進出も未だ遠い状況のなかで川久保がブランドを立ち上げた理由が、「スタイリストとして着せたい服がなかったから」というのは有名な話である。
彼女も既存の社会に抗い、〈無〉から〈有〉を生み出しているひとりなのだ。

川久保玲が〈PLAY〉のアイコンを探す中、発見したのはパゴウスキーが描いた赤いハートマークだった。それは、Comme des Garçonsにモデルやアーティストとして関わっていたパゴウスキーが突発的にひらめき、川久保宛に送ったものだという。
「ハートは世界中でポジティヴな象徴として使われている。」
と後にパゴウスキーが語るように、〈PLAY〉のポジティヴな精神を象徴するのにこのハートはうってつけだった。
互いに相談せず、独自の創作で生まれた〈PLAY Comme des Garçons〉。二人の暗渠が合流した先が、〈PLAY〉や〈ハート〉といったポジティヴなモティーフだったことは必然だろうか?同じ時代に国は違えど、デザイナー/アーティストとして〈無〉から〈有〉に命をかけてきた二人だからこそ、不思議とシンクロニシティが働いたのかもしれない。

今や、彼らが生み出したハートアイコンは世界で最も有名なアイコンのひとつとなった。
しかし二人はメディアで多くを語らず、作品だけで勝負している。そのため寡黙で〈真面目〉なようにも見えるが、実は二人は誰よりも〈遊び〉の大切さを知っていたのではないだろうか?〈PLAY Comme des Garçons〉は、このハートひとつでそれを物語っている。

こう考えると、ハートについた眼は我々に対し「遊べているか?」と二人が訴えてくるように思えてくる。
このTシャツは、Comme des Garçonsという巨大な〈遊び〉の入門として着るのにふさわしい。着ればきっとあなたも自然と〈遊び〉に意識が向き、人生をポジディヴに送りたくなるはずだ。

Play Comme des Garçons
long sleeve basic logo tee
素材:100% Cotton 生産国:日本