F606 DIRECTOR'S INTERVIEW


F606のサービスの本質はどこにあるのか
インタビュワーを招いて探りました

早速ですが、F606で特徴的な長文というのはどういった経緯で生まれたのでしょうか?

元々、セレクトショップの店員さんのような熱さを再現性高く表現したいなという想いで「活字」という手段を思いつきました。

【ファッションにおける本当の個性は「感情」を刺激し「直感」を促すことで生まれる】というコンセプトなので、感情が刺激されるような熱い文章を追い求めた結果このような長文になりましたね。

なぜそこで「活字」に着目したのでしょうか?

天邪鬼的な要素も含んでいますが、活字の将来性ですね。
情報媒体は本や新聞に始まり、ラジオ、テレビ、WEB、SNSと時代を経て遷移していっていると思います。
その中で使われる表現方法は、活字、音声、写真、映像と移り変わっていますよね。
SNSが顕著な例ですが、初期はmixiやFacebookのような文章+写真。
Instagramに入ってからは写真+文章、今ではInstagramやTikTokなど動画がメインです。
活字は衰退の一途を辿っていて、本は売れなくなり、文字だけのブログなどほとんど存在しなくなっています。

今何かやるなら間違いなく映像にすべきです。
ただ、5年後10年後、ほぼすべての情報を映像から取得するようになる時代を考えた時に、活字が魅力的なコンテンツに変わる未来を期待してしまいました。

それはどのような未来なのでしょうか?

「活字という不便」を楽しむ未来ですね。

今の時代、ラジオを楽しんだりレコードで音楽を聴く人は極少数だと思います。
そういう人って古き時代に思いを馳せたり、見えないからこそ想像する楽しさを見出している、脱俗的なイメージがありませんか?
ファッションが好な人も同じで、“普通を嫌う”、つまり、脱俗による強い自己表現欲求や非効率の美学みたいなものを持っていると思っています。

今でこそ、若者の活字離れなどと言われていますが、近い将来活字もラジオやレコードと同じく、一部の人が熱狂するだけの過去の遺物となり、ある意味俗世の評価外に格上げされると思っています。
そうなると活字コンテンツが輝く未来を想像してしまうんですよね。

なるほど、将来を見据えての活字なんですね。

見据えるというより期待に近いですね。
衰退することで生まれる魅力みたいなものにどうしても期待してしまいます。

加えて、もう一つ活字にした理由があります。

話が変わりますが、ファッションが好きな人は右脳派と左脳派がいると思っています。
右脳派の人は自分の直感を信じて即決即断。
左脳派の人は「なぜ自分はこれが欲しいのか」という自分にとって納得感のある理由が必要な人をイメージしてもらいたいです。

右脳派の人は商品の外観と自分の直感だけで完結するので、偶発的な出会いを大切にします。
これは、WEBのデザインや映像や写真によって促されると思います。

一方、左脳派の人は判断できる十分な情報が集まるまで決して買わない人ですよね。
そういう人は、WEBで情報収集したり有識者の話を聞いて、納得感を得られれば買うと思います。
にもかかわらず、今のファッションECでは圧倒的に情報不足で、左脳派の人が気持ちよくショッピングできない環境なんですよね。

私が左脳派ということもありますが、単純に、オンラインでも左脳派に刺さるショップを作れたら面白いなと思って始めたという側面もあります。

なるほど、右脳派と左脳派両方にアプローチするようなコンセプトだったんですね。

そうです。
「感情」を刺激し「直感」を促すというコンセプトなので、左脳派には文章による論理だった「感情の刺激」、右脳派にはサイト設計やデザインから来る「直感の喚起」を目指しています。

色々な意味と意図が複雑に配置されていますが、お客様はそんなことに気づかず、単純にお気に入りのアイテムと出会う喜びを感じてもらえるようなショップにしたいですね。

F606 ディレクター