Play Comme Des Garçons

long sleeve basic logo tee

リトルレッドハートに隠された
力強さとメッセージ

Play Comme des Garçons(プレイ コム デ ギャルソン)のベーシックなlong sleeve logo teeを紹介しよう。
もはや説明不要なほど有名なPLAYラインはPLAY(遊び)の名の通りギャルソンの遊び心である。
ハートロゴをアクセントに使い、時には大きく配置したり並べたりとデザインに幅を持たせ、アイコンとして確立している。

ここであなたの気持ちを当ててみよう。
「知っている、見たことがある。」
「ハートロゴが自分にはポップすぎるのと、みんなが着ているから自分はあまり興味がない。」
そんなところではないだろうか。
これから私が何故あえてこのベーシックなロゴTを紹介するに至ったかを説明しようと思う。

無から有を生み出す
グラフィックアーティスト

川久保玲によって設立された日本発レーベルの草分け的存在 Comme des Garçons (コム デ ギャルソン) により、2002年にディフュージョンラインとしてPlay Comme des Garçons(プレイ コム デ ギャルソン) が立ち上げられた。モード界の女帝から生み出されたポップなPLAYラインはカジュアルなワードローブへのアプローチを意味している。
本ラインの象徴ともいえる「リトルレッドハート」は、ニューヨークのアーティストFilip Pagowski(フィリップ・パゴウスキ)によるものだ。
ギャルソン自身やPLAYのロゴは有名なものの、彼は何者だろうか?
世間ではあまり語られない彼の人生にフォーカスしたいと思う。

彼の生まれ故郷のポーランドは、第二次世界大戦下、激戦区となった悲しい歴史がある。当時ポーランドは立地的にドイツ・ソ連軍に挟まれ、同盟国のイギリス・フランスは衝突を恐れ傍観したため孤独な闘いを強いられることとなった。
結果はというと1ヶ月足らずでほぼ全土を占領され、首都ワルシャワは壊滅状態となった。
その後ソ連、ドイツと占領され、厳しい弾圧と虐殺により大戦中数百万人の犠牲者が出た。
終戦後も政治的な問題により経済は復活することは無く、長い間市民は厳しい生活を余儀なくされた。

そんな混乱期の60年代70年代をポーランドで過ごした彼は、厳しい情報統制と脆弱なテクノロジーの中、「無いものは無い」として、無から有を生み出すことに拘りグラフィックアーティストとして力をつけていったのであった。

私は素直に思う。驚くべき反骨心だ。
80年代には生まれ故郷のポーランドを離れることを決意し、パリとバルセロナに住んだ後、彼はニューヨークに身を置くことを決心した。

過去にとらわれず、今を楽しむ

PLAYラインのデザイナーとしてフィリップの名前が上がったころ、実はフィリップはすでにCDGと仕事をしていたにも関わらず川久保玲はそのことを知らなかったという。
純粋に彼女は彼のクリエイティブに感銘を受け、同時にフィリップも惹かれ合うようにCDGと仕事をしていたことは必然的な運命のようなものだと思う。

ここからは私の勝手な推察だ。
フィリップのクリエイティブから感じる力強さとメッセージ性はポーランドでの過酷な背景から生まれるものだと思う。
川久保玲がブランドを立ち上げた1970年代は、日本という環境はまだまだファッションに疎く、女性が活躍することにも賛否あるような時代だ。決して安定した環境とは思えないそれぞれのバックグラウンドから、独特なクリエーションながらも共通するメッセージ性があり彼らを引き合わせたのだと思う。

一つ伝えたいのは、彼らはバックグラウンドから来るネガティブなメッセージをほとんど発信していない。

PLAY(遊び)というブランド名が象徴するように、彼らはそんなこと関係なく今を楽しんでいるのだ。
彼らと同じく、着る我々もただただ楽しめばいいと思う。
ただ、あまりに有名すぎるがために、PLAYラインを理解する前に敬遠する人が多いことが残念だった。

この文章を読んであなたのPLAYへの見方は変わったのであれば、一度手にしてみることをお勧めする。

Play Comme des Garçons
long sleeve basic logo tee メンズ 長袖Tシャツ
素材:100% Cotton カラー:ブラック/レッド 生産国:日本